朗希160km原点? Kボール開発執念

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朗希160km原点? Kボール開発執念
160キロをマークした4年前の試合について、「満員だったので鮮明に覚えている」と振り返る佐々木投手(昨年11月12日、大船渡市での記者会見で)=広瀬航太郎撮影  2023年、岩手の野球史に新たな一ページが加わる。大谷翔平や佐々木朗希らが高校時代にプレーした聖地、岩手県営野球場(盛岡市)が閉鎖し、4月に新球場「いわて盛岡ボールパーク」が開業。3月のWBCでは両者の初競演も期待される。発展を遂げる本県の野球の源流を探る。 【写真】高3の佐々木が投じた160キロを表示するスコアボード(2019年7月21日)  2019年7月21日。県営野球場で行われた夏の高校野球県大会4回戦・大船渡―盛岡四は、後に語り継がれる一戦となった。 佐々木投手を中学時代に指導した鈴木さん(昨年12月、大船渡市で)  読売新聞盛岡支局の記者・宍戸将樹(27)は、バックネット裏でカメラを構えた。視線の先にいたのは、大船渡3年のエース、佐々木朗希(21)(現ロッテ)。1球を投じるごとに、球速表示にレンズを向けた。大谷翔平(28)(米エンゼルス)が花巻東時代に記録した高校生公式戦最速の160キロに、「いつか必ず並ぶ」と確信していたからだ。 Kボールを開発した志太さん。「私の執念です」と笑う(昨年12月、東京都千代田区で)  その瞬間は、試合終盤に訪れた。八回二死走者なし、3番打者への3球目。「160km/h」。スコアボードの表示に、球場から「ウォーッ」と、どよめきと歓声の入り交じった声が上がった。  「とんでもないことが起きている」。宍戸が最も驚いたのは、佐々木が117球目でその球速をたたき出したことだった。        ○  「すごい選手という印象はなかったですよ」。大船渡市立第一中の軟式野球部で、コーチとして指導した鈴木賢太(34)は、佐々木との最初の出会いをそう振り返る。  中学入学時の球速は120キロ台、身長は約1メートル60とまだ発展途上だった。そんな中、成長期にトレーニングの負荷が重なり、2年生になると股関節などの痛みを訴え始めた。腰の疲労骨折と診断された。  病院に同行した鈴木は、医師からこう告げられた。「このまま一生けがと付き合い続けるか、今は我慢して投げない選択をするか。どうしますか」。診察室の外で待っていた佐々木に、「完治するまでは投げさせない」と伝えると、悔し涙を流していたという。  「復活する時は、もっとすごい投手になって戻ってこよう」。それがリハビリ期間中の合言葉だった。

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[紹介元] Yahoo!ニュース・トピックス - 経済 朗希160km原点? Kボール開発執念